【カシュカシュ】略歴など

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1992年12月
大阪・中津にて、版下組版と毛筆デザインの仕事を始める。
1999年6月
中津から大淀に移転。グラフィックデザイン関係の仕事が増えてくる。
2003年6月
東京へ移転。名刺デザインとヒーリングの仕事を始める。
2006年2月
パークホテル東京にて、ヒーリングライブをミュージシャンKABUTO氏と開催。
2006年7月
中小企業大学校・新規創業支援研修の講師として呼んでいただきました。
2006年10月
「東京コンテンツマーケット」出展。
2007年1月〜
トータルヘルスデザイン社の会報誌「元気アップニュース」の年間表紙に採用。
2007年4月
代官山アートギャラリーJトリップのグループ展「花まつり」に参加。
2007年10月
「東京コンテンツマーケット」出展。
2009年8月
高円寺にヒーリングセッションルームをオープン。
2010年8月
中野坂上に移転。
2011年9月
新宿駅近くに移転。こころやまと株式会社を立ち上げました。

もう少し、詳しく…


5才の時に、たまたま近所に住んでいた書家・山内観先生のお習字教室に通うことになり、その後25年も続けることになるとは…親も予想外だったようです。
なぜそんな長く続けられかというと、先生のお人柄が本当に素晴らしかった事が最大の理由です。
子供の頃から私は「こんな仕事をしたい」という夢はあまりなく、「こんな人になりたい」という「在り方」に興味があったのですが、これは山内先生の影響が大きいです。先生のような大きな愛を感じられる人になりたい、これは現在も続いている、私の目標でもあります。

高校生の頃までは「暁」という書道誌に毎月提出するような形で、七段の上の特待生をいただきました。大学生になると条幅作品を書いて展覧会に出品するようになり、書道界に入って、現創会書展、日本書芸院展、読売書法展などで入選しました。しかし、当時の私はあまり価値を感じられず、受賞歴などをきちんとまとめることはしていませんでした。若いときは権威も肩書きも資格も意味がないと思っていましたが、やはり世の中のことが解ってくると、必要なものだと思うようになってきました。この文章を読んでいらっしゃる若い方がいらっしゃいましたら、なるべく資格や経験の記録は残しておいたほうがいいよと私はお勧めします。


大学卒業後、印刷会社に勤務し、そこで黎明期のMacと衝撃の出会いをしました。
スティーブジョブスが私の人生を変えました(^o^)。
会社ではMacで組版をしたり、デザインを自己流で勉強したりの日々。年賀状のシーズンに、自作の毛筆デザインが結構人気で「筆で仕事できたらいいなぁ」と漠然と考えたり…。当時は会社員としていろいろ不満もありましたが、今になって思えば、なんて幸せな日々だったのだろうと思います。
会社には結局6年半勤務しました。




OLの立場は本当に恵まれていたけれど、自分勝手な私はもっと自由な時間が欲しくて、「派遣」か「独立」か迷った結果、独立することにしました。

それほど苦労もせず軌道に乗り、アルバイトの女子大生ミカちゃんを迎えて、ミカちゃん卒業後はグラフィックデザイナー経験者のキナコさんと共に、ホントによく働きました。
結局は働き過ぎて自由な時間なんて無いも同然の生活ではあったのですが、毎日が満ちていて充実感はあったような記憶があります。

苦労せずに軌道に乗ってしまったので、今になって思えば、「運」だけで生きていたようなものです。「実力」は何も身に付かないままでした。
もちろん、仕事は大量にしましたし、デザインの実力は認められるようになってゆきました。しかし、営業したり計算したり交渉したり、という現実面の対応力は、まったく身につかないまま過ぎてしまったのです。

しかし長い人生の間には、「運」も「実力」も両方を身につけなければ乗り越えられない壁にぶつかることもあります。「若い時の苦労は買ってでもしろ」ということわざがありますが、若い時に失敗した人は人生の重みが違うのだろなと、頭が下がります。

とにかく軌道に乗ってしまい、日常の細やかなことが疎かになっていきました。そして忙がしくてお習字に行けなくなりフェードアウトしてしまいました。先生へのご挨拶もしないまま後悔していたので、ある日、先生に事情と仕事内容を手紙に書いて投函しました。
するとその翌日!…友人から電話があり、先生の告別式の知らせを聞いたのです。これは本当にショックでした。

その都度きちんとけじめをつけなくては、手遅れになってしまうこともあるんだ…と深い反省がありました。これを読んでくださっている、私が不義理をしてしまっている皆様、本当にすみません。ご恩は返していきたいという気持ちは、持ち続けています。ご恩返しできるまで、逝かないでください。何卒お待ちいただけるよう、心からお願いします。




5年ほど仕事をした中津のオフィスはとても小さい部屋だったので、大淀に移転しました。
住居兼仕事場・SOHOのここは来客の絶えない家で、よく遊び、よく働きました。バイク免許取得もこの頃。スピリチュアル関係の勉強も徐々に深くなっていきました。

そして独立10年目のある日、知人からベンチャービジネスを手伝って欲しいと要望があり、そのソフトウェアのコンセプトに感激した私はどうしてもその開発に関わりたくて、衝動的に東京に移転してしまいました。

ところが勢いだけで上京したものの、社長と噛み合なくなってしまい、私が一方的に怒って辞めてしまったのです。
今になって思えば、自分の未熟さに恥じ入るばかりです。経営知識もなく、商品に対する思い入ればかりが強くて、自分が信じる「良いもの」に執着していたのですが、当時の自分にはもうどうしようもありませんでした。

とにかく何の身寄りもなく知人も伝手もない東京でひとりぼっちになってしまい、どうしたらいいのかわからない…。頭の中はもう真っ白。路頭に迷い、「人生の棚卸し」をゆりりんに手伝っていただき、「名刺アーティスト」として活動してみることになりました。




それと並行して、本格的にヒーリング学校に入ってチャネリングの勉強を始めました。

私は自分の人生の路頭に迷って、カウンセラーや占い師や周囲の人に救いを求めたのですが、数人から「あなたはチャネラーだからチャネリングの仕事をしなさい」と言われ、思いもよらない事でしたが、藁をもすがる思いで勉強を始めたのです。
1年間のチャネリングスクールに通い、卒業の日には先生から「すぐに仕事を始めてください」と言われて、すぐに友人に紹介してもらった占いブースにスムースに入ることができ、ヒーリングの仕事をスタートしました。

おそらく、あれほど困窮しなければ、自分の人生に「ヒーラー」などという選択はなかったと思います。まさか私がヒーリングを職業にするなんて!人生どこでどうなるかホントわからないものです。しかし、本当に困ってそこから抜け出す経験がなければ、人をサポートできるヒーラーにはなれないのではないかしら、と今では考えています。どんなに困っている人がやってきても、その辛さを感じとり、その辛さから抜け出せるよう、元気に生きられるように、私が出来ることを精一杯やってゆこうと思っています。




仕事に関しては、「良いものを提供すれば絶対大丈夫、わかってもらえる」と考えていた私ですが、世の中そんなものではないと知った私は、経営の勉強もしてみようかなと思い、講座に通い始めました。中でも小松伸多佳先生のオリジナル講座はとても興味深く、数年間通いました。

「経営の勉強」というのは、大きく分けて2種類あると私は考えます。車に例えると、「運転教習所」と「車の組立て工場」のようなものです。一般的によく出回っている「集客」やら「営業」やら「財務諸表の読み方」などのノウハウを教えてくれるのは「教習所」に相当し、「MBA」のようなのが「車工場」ではないかと思います。私が習ったのは、小松先生がご自身で「MBA並みの授業」とおっしゃっていた内容です。「車を動かすための根本的な仕組み」について、おぼろげながらも掴めたかな…?という感じです。

一番衝撃的だったのは、やはりすべては「宇宙の法則」に通じている、ということを私が直観したことです。あらゆる物事は、徹底的に突き詰めた時、すべて同じところにたどり着くのではないかと思いました。中途半端な理解では、突き抜けられないのだ、禿鷹ファンドもまた宇宙の愛なのだと感じました。「経済学的なフェア」とは「リスクとリターンが正比例する」ということ、その計算方法によってすべて数字で表されると理解したとき、私は今までどれだけ周囲に甘えてきたかという証明書を突きつけられたように感じ、非常にショックなことでしたが、私の意識を変えるのに大変役立ちました。

ちなみに、自分が甘えてきたことに対する反省もありますが、逆に罪悪感を感じなくても良いものもあったということにも気づきました。客観的に知ることは、大きい意味でのヒーリングなのだと実感しました。

とにかく経営の勉強をすることで、私は「ラクに運転できる車を作りたい!オートマ、パワステ、エアバッグ、どんな工夫ができるかな?」などと発想が広がって、非常に刺激的なものでした。とはいえまだまだ机上の理論なので、これから実際に組み立ててみて、本当に機能するのかどうか確かめねばなりません。さらに私は運転したことがないので、教習所の知識も必要で、そして実際に運転の経験を積まねばなりません。…本音は、どなたか優秀な運転手さんに頼みたいところなのですが、優秀な人がそんな危ない実験台になってもらえるとも思えないので、とにかく自分で運転してみるしかないようです…。

経営という「3次元の仕組み」と、ヒーリング関連の「5次元の仕組み」の両面を、論理的にきちんと学ぶことは、私の意識を拡大するのに非常に役立ちました。世の中の仕組みがわかってくると、自分が今どこにいるのか、何を目指せばいいのか、さまざまなことが見えてきます。決して「世の中に迎合する」のではなく、「この現実の中で、自分の目標をいかに実現するか?」という視点を持つことができるようになったように思います。

3次元(現実世界の仕組み)と4次元(心/自分の在り方)、そして5次元(精神世界の仕組み)、この3つをマスターできたら、それは最強ではないでしょうか。いかに「何も知らずに生きてきたか」と自分の無知さに直面する毎日ですが、マスターの境地へ到達したいものだと、今の私は考えています。

そのために必要なのは「考えること」と「感じること」の両方、ということですね…




本当に至らないところだらけの人間ですので、お気づきの点があれば何でも指摘してもらえると嬉しく思います。

これからも、精進してゆきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いします。

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